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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)1476号 判決 1962年5月21日

原告 石田栄次

被告 日本碍子株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対して昭和三四年七月一日付で言渡した解雇は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

原告は愛知工業高等学校卒業後昭和三三年三月一七日被告会社に入社し同日労務課勤務となり、同年四月一二日研究所勤務、同三四年三月一六日耐酸課設計係勤務となつたものであるが、被告は昭和三四年七月一日被告と被告会社従業員労働組合たる訴外日本碍子労働組合との間に締結された労働協約第三三条第二号及び被告会社の就業規則第六二条第一項第二号の「会社は会社の都合による場合従業員を解雇することができる」旨の規定によつて原告を解雇する旨口頭で言い渡した。

しかしながら右解雇の意思表示は、原告が共産主義を信奉するが故の思想信条による差別待遇としてなされたものであるから、労働基準法第三条、憲法第一四条に違反して無効であり、仮りに然らずとするも、原告は被告より解雇される理由がないから解雇権の濫用として無効であるから右解雇の無効確認を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の主張に対し次のように述べた。

原告が昭和三四年五月中就業時間内に二度位新聞を読んでいたことがあり、居眠りをしたことのあつたこと、新聞を読むことについて平沢係長から注意を受けたこと、訴外早川幸子に対し「皆さん目覚めて下さい。労働運動の基礎I」と題するパンフレツトを配布したこと、が被告会社服部技術部次長より昭和三四年五月二八、二九、三〇日の三日間顛末書の提出を求められたが、原告においてこれを拒否したこと、同年六月三日被告会社鈴木常務取締役と話し合つたことは認めるがその他の事実は否認する。原告が前記の如く新聞を読んだり、居眠りをしたのは原告が出身校である愛知工業高等学校で化学の勉強をしたので配属された耐酸課設計係の仕事が皆目解からず、転勤直後は平沢設計係長から耐酸製品の設計図を支給されてそのトレースをするように命じられ、原告が書き終ると同係長が点検し新たにまた設計図を渡し、原告がこれをトレースするという仕事を繰り返し、同係長が不在の場合には如何なる仕事をしてよいか解からなかつたための所在なさによるものであり、新聞を読むことについて平沢係長から注意を受けた後はこれを止めた。

原告が訴外早川幸子に対し前記パンフレツトを配布したのは、昭和三四年五月二三日午前一二時一五分ないし二〇分頃で、右時間は就業時間外であり、右パンフレツトは原告が訴外日本碍子労働組合の推薦で愛知県労働組合評議会青年婦人部協議会主催の労働講座に出席し、名古屋大学教授畑田重夫の講演をきき、その講義内容が労働者に有益であると考えたので、その内容をまとめて原告の同僚達に読んで貰いたいために作成し配布したものである。原告が前記顛末書作成を拒否したのは、被告会社の労働協約第三八条に組合活動の自由を認める条項があり、原告の右パンフレツト配布は就業時間外においてなしたものであつて、被告から顛末書の提出を求められる理由がないからである。また、鈴木常務取締役との話合いの際は同取締役は原告の思想、人生観を婉曲に打診するような話をし、これに対して原告は「企業合理化運動について会社のやり方は実に巧いが、私のような組合運動をする者が出るのは余り上手でない。もう少し考える必要がある。宗教は悪いものではないが、よいものではない」と述べたに止まり、同取締役が原告に対し職場離脱等の懈怠行為につき反省の有無及び将来右のような行為を反覆してなすか否かを質したことはなく、右話し合いは談笑裡に行われたものである。

原告が解雇されるに至つた真の理由は、原告が同僚に配布したパンフレツトの内容が被告の忌諱に触れ原告の思想が悪いと被告に推定されたこと及び原告が昭和三四年二月開かれた訴外日本碍子労働組合の組合大会において同組合の運動方針案に盛られた合理化運動が従業員の賃下げ、昇給ストツプ、無料残業等従業員に不利益な結果を招来しているのに疑問を抱いて質問したことによるものという外はない。原告は右組合大会後である昭和三四年三月一七日被告から被告会社知多工場耐酸課試験係勤務を命じられたことがある。右転勤は労働協約第一三条の従業員異動については予め組合と協議する旨の条項に違反するため原告が訴外日本碍子労働組合に訴え同組合が被告と交渉した結果取り止めとなつたけれども、右転勤の告知がなされたのは組合大会における質問の結果であると推断する。その他被告会社の所謂職制は原告の友人である従業員に対し原告の思想が悪いから交際するなと勧告したこともある。

したがつて本件解雇は原告が共産主義思想を有するが故の思想信条に基く差別待遇であると思料する。(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

請求原因事実中、原告が愛知工業高等学校を卒業後昭和三三年三月一七日被告会社に入社し原告主張の如く勤務したこと、被告が昭和三四年七月一日原告に対し原告主張の如く解雇の意思表示をなしたことは認めるが、その余の事実は争う。

被告が原告を解雇するに至つたのは次の事由による。

(イ)  原告は耐酸課設計係勤務中である昭和三四年四月中旬より同年五月頃までの間数回にわたつて就業時間内に上司に断りなく新聞を読み耽り或は居眠りをして勤務を怠り、更に上司の承認を得ずに自己の業務と関係なき場所へ屡々赴いて職場を離脱した。よつて原告の直接の上司である設計課長平沢がこれに対して再三注意して将来を戒めた。

原告は右注意に従わず、同年五月二一日午前一〇時の休憩時間終了後一二時までの就業時間内に数分間にわたり早川幸子(日本碍子労働組合婦人部評議員)に対して自己作成の「皆さん目覚めて下さい、労働運動の基礎I」と題するパンフレツトを頒布するよう依頼し、また同月二三日午前九時より九時半頃までの就業時間内に数分間にわたり鈴木直樹(同労働組合年少者部評議員)に対して右パンフレツトの頒布を依頼し、更に同月二五、二六の両日同じく就業時間内に前記鈴木に対して電話で重ねて右頒布を依頼し、もつて何れも無断で職場を離脱した。

(ロ)  被告は原告の右行為に対し職場秩序維持の上から黙過できないので右職場離脱の実態を確め且つ原告の弁明を聴取するため同月二八、二九、三〇の各日計三回にわたり技術部次長服部から原告に対して右就業時間内における私的行動に関し顛末書を提出するよう指示したが、原告はいずれもこれを拒否し、更に同月三〇日労務課長稲垣、労務係長野田から重ねて右報告をするよう指示したのに原告はこれも全く拒否し、もつて職務上の指示に従わなかつた。

(ハ)  原告の右の如き非協力的態度に対し被告は原告が若年であることを考慮して再度その真意を確かめ且つ将来における反省を求めるため同年六月三日常務取締役鈴木が原告に対して職場離脱等の懈怠行為についての反省の有無及び将来右のような行為を反覆してなすか否かにつき質したところ、原告は何ら反省しないのみか将来において再び同様の行為をなすことある旨を表明し、もつて雇傭契約の基礎である被告対原告間の信頼関係を破壊した。

原告の右各行為は、被告と当時原告が所属していた日本碍子労働組合との間において昭和三三年七月一日締結された労働協約第二八条第三号、第九号(第二八条。下の各号の一に該当するときは懲戒解雇とする。三、職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとしたとき。九、前条第四号乃至第一三号に該当しその情が重いとき)第二七条第一二号(第二七条。下の各号の一に該当するときは譴責する。一二、就業規則に基く事項に違反したり職務上の指示に従わなかつたとき)及び被告会社就業規則第九六条第三号、第九号(第九六条。下の各号の一に該当するときは労働協約の定めるところにより懲戒解雇する。三、職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとしたとき。九、前条第四号乃至第一二号に該当し、その情が重いとき)第九五条第一二号(第九五条。下の各号の一に該当するときは労働協約の定めるところにより譴責とする。但し情状によつては訓戒に止めることがある。一二、この規則に基づく事項に違反したり職務上の指示に従わないとき)に該当する。

原告は被告と訴外日本碍子労働組合との間において協定された生産合理化運動の趣旨に反対であり、職務を通じて会社の業績向上に非協力なる心構えを敢て公言しているのであつて、このことは就業規則第一条「会社は従業員の人格を尊重しその福祉増進を図り従業員は職制によつて定められた上長の指示に従い職場秩序を維持し生産の昂揚に努め日常誠意をもつてこの規則を守らなければならない」に根本的に背反している。右雇傭契約の基本条件に根本的に相反する心構えを言明し、職場内においてその考え方を普及宣伝しているような実情を放置することは企業経営の統制を乱し職場秩序の破壊をきたすものとして企業防衛上断固たる処置をとらざるを得ない。

そこで被告は原告の懲戒解雇を相当と認め労働協約第二四条の規定(会社は組合員の懲戒に関しては組合に協議して行う)に則り訴外日本碍子労働組合に対し同年六月三日協議を申し入れ、同日及び同月五日、一六日の三回にわたり被告から前記常務取締役鈴木外三名、組合から委員長以下常任委員等一二名が出席して協議した結果、同月二二日組合から文書をもつて普通解雇以下の懲戒を相当とする旨の回答があつた。被告は右趣旨を尊重し同年七月一日原告に対し労働協約第三三条及び就業規則第六二条の規定に基き会社の都合による場合に該当するものとして解雇の意思表示をなすに至つたものであり、本件解雇は正当である。(証拠省略)

理由

原告が愛知工業高等学校を卒業後昭和三三年三月一七日被告会社に入社し、同日労務課勤務、同年四月一二日研究所勤務となり昭和三四年三月一六日以降耐酸課設計係に勤務していたこと、被告が昭和三四年七月一日原告に対し被告と原告の属する訴外日本碍子労働組合との間に締結された労働協約第三三条第二号及び被告会社の就業規則等第六二条第一項第二号の「会社は会社の都合による場合従業員を解雇することができる」旨の規定によつて解雇する旨口頭で言い渡したことは当事者間に争がない。

原告は右解雇が原告の共産主義思想を理由とする差別待遇である旨主張するにつき、先ずこの点について判断する。

原告が解雇の言渡を受ける迄の経緯について考察するに、成立に争のない乙第一号証、甲第二号証の一、二第三号証、乙第五号証(一部)、第六号証、証人井上智、同藤井由美子の証言によつて成立の認められる甲第四号証、証人藤井由美子の証言によつて成立の認められる甲第五号証(組合大会における原告の発言の記載部分)、証人井上智の証言によつて成立の認められる乙第三号証の一、二、証人鈴木直樹の証言によつて成立の認められる乙第七号証の各記載、証人鈴木直樹(パンフレツト配布について)、同伊奈成子(組合大会における原告の発言及び生産合理化運動下の労働の実態について)、同井上智(原告の解雇に対する組合の態度、生産合理化運動に対する組合の態度及び右運動の成果について)、同藤井由美子(生産合理化運動に対する組合の態度について)、の各証言及び原告本人尋問の結果(一部)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

原告は昭和三四年五月頃「皆さん目覚めて下さい。労働運動の基礎I我々と政治」と題し、「我々労働者は毎日の生活に追われてあくせく働いている。そして尚生活はますます切り下げられようとしている。このような状態における組合運動のあり方について、現代資本主義社会が支配階級としてのブルジヨアジーと被支配階級としてのプロレタリアートとの階級社会であり、ブルジヨアジーの実際の行動はプロレタリア階級をじわりじわりと真綿で首をしめる如く実にうまく圧迫しているのであるから、この圧迫を取り除くためには階級闘争が必ずつきまとう。組合運動は単なる個々の資本家相手の経済闘争にとどまらず労働者階級が団結して資本家階級及びその利益を代表する国家との階級闘争に至らなければならない」旨記載したパンフレツトを三〇〇部乃至四〇〇部作成し、同月二三日就業時間中である午前九時より同九時半頃原告の職場から約一五〇メートル離れた製土課に赴き、被告会社従業員である訴外鈴木直樹に対し二、三分間にわたつて職場内で右パンフレツトを配布してくれるように依頼し、その外昭和三四年五月中耐酸課設計係に勤務していたとき勤務時間中数回いずれも三〇分から五〇分にわたつて理由なく無断で職場を離れた。

そこで被告は原告に対し右の如き職場離脱の行為につき経過報告を求めるため昭和三四年五月二八、二九、三〇の三日間三回にわたり原告の上司である被告会社服部技術部次長が顛末書を書くよう指示したが、原告はこれを拒絶した。更に同月三〇日労務課長稲垣晃及び労務係長野田が原告に対し顛末書の提出を求めたが、原告はそういうものを書く必要はないと述べてこれを拒絶した。

ところで被告会社はその経営方針として生産合理化を掲げ、その具体化として倍額増産、コスト三割減、賃金五割増を目標にした運動を続けた結果、従業員の労働量が多少多くなつたこともあつたが、その目標を達成し、昭和三三年七月一日従業員の組織する訴外日本碍子労働組合との間に労働協約を締結するに際しても協約第一三章に生産合理化運動の条項を設け、会社及び組合が協力して生産の合理化と企業民主化のために生産合理化運動を推進する旨協定した。そして労働組合では右運動に協力するため組合の婦人部年少者部の機関紙に右運動を否定する一組合員の意見が載せられたときには訂正を命じた。原告は右の如き生産合理化運動に強く反対し、「この運動は会社の利益になり事実会社の生産は上つて利益は殖えているけれども従業員の賃金は上つていない。それのみならず労働者がこのような運動に協力することは自分で自分の首を締めているようなものである」と考え、昭和三四年二月二七日の定期組合大会及び同年三月二日の臨時組合大会においても質疑に際し「資本主義社会の中で生産合理化運動を積極的に押し進めることはこれによつて現在少しずつ賃金は上つているかも知れないが、長い目でみれば自分で自分の首を締めるのも同然である」旨述べてこれに対する組合執行部の意見を求め、また日常同僚の従業員との話し合いにおいても右趣旨のことを述べていた。被告会社常務取締役鈴木俊雄は同年六月三日原告を呼び一時間前後にわたつて被告会社の経営方針に協力して勤務するよう説いた。しかし原告は被告会社が今後も生産合理化運動を続けて行くことに対し労働者として当然これに反対して行く旨述べ、且つ、会社の業績の向上に協力しない旨を表明した。

そこで被告は原告が顛末書の提出を求めた職務上の命令に従わなかつたこと、パンフレツトを配布し職場秩序を紊したこと、生産合理化運動に真向から反対であること、執務就業上において職場離脱等懈怠の行為があつたことを理由として懲戒解雇すべく、労働協約第二四条の組合員の懲戒に関しては組合に協議の上行うとの規定に従い、昭和三四年六月三日訴外日本碍子労働組合に対し意見を求めたところ、同年六月二二日右組合から単なる解雇以下の処置をとられたい旨の回答があつたので右趣旨にそい、労働協約第三三条第二号及び就業規則等第六二条第一項第二号により会社の都合による場合に該当するとして原告に対し通常の解雇をなすに至つたものである。(右認定に反する乙第五号証の記載部分及び原告本人尋問の結果は措信しない)。

右認定事実によれば、原告が前記パンフレツトに記載せられたような思想を有していることは明らかであり、被告会社においてはかかる思想を有するものを嫌忌するであろうことは推測されるが、本件解雇が原告において共産主義思想を有することをもつてなされたものと認めるべき証拠はないから、右解雇が原告の共産主義思想を理由としてなされたものであるという原告の主張は理由がない。

次に本件解雇は解雇権の濫用であるとの主張について案ずるに、前記認定事実に照らせば右解雇の意思表示はこれをもつて権利の濫用にあたるものということはできない。すなわち、原告は前記認定の如く就業時間中屡々職務に関係なく無断で職場を離脱したがこのような行為は就業規則第一条に所謂従業員の職場秩序維持義務に反したものというべきである。また、生産合理化運動は被告会社が会社の基本方針として執つて来たものであり、被告会社と同会社労働組合との間の労働協約においてもその第十三章において生産合理化運動なる章を設け、会社及び組合は協力して生産の合理化と企業民主化のため生産合理化運動を推進するという目的の下に各種の労資共同の機関を設置して右運動を推進すべきことを規定していて、生産合理化運動は会社と組合とが協力して行うべき重要な運動というべきであるから、組合員たるものは一応これを尊重して然るべく、もしこれに反対であるならば組合内部において組合活動として反対運動を展開し、終局的には労働協約を改定して自己の目的達成を意図すべきであり、また会社としては会社の営業成績の向上に寄与することを期待して従業員を雇傭するものであることは当然であるところ、原告が会社経営責任者の一人である常務取締役に対し現に労働協約に定められて居り会社の重要方針である生産合理化運動に反対し、且つ公然と会社の業績に協力しない旨表明するが如きは就業規則第一条に規定する従業員の職場秩序維持の義務及び生産昂揚の義務に反するものと言わねばならない。

原告に以上の如く義務違反の行為がある以上は雇傭契約における信頼関係を破壊するものというべく、被告会社は就業規則第六二条第一項第二号労働協約第三三条第二号に規定する会社の都合による場合に該当するものとして原告を解雇するは正当であつて、これをもつて権利の濫用ということはできない。従つて本件解雇をもつて権利の濫用であるという原告の主張も亦理由がない。

よつて本件解雇の意思表示は有効であつて、これを無効とする原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 渡辺一弘)

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